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豊島教会新聞 2022年9月・10月号 主任司祭 巻頭言

 

 『 みんな静かにしろ 』  

 

主任司祭 アシジの聖フランシスコ  田中隆弘 

 

 「その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。洪水になる前は、ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。そして、洪水が襲って来て一人残らずさらうまで、何も気がつかなかった。人の子が来る場合も、このようである…。

 だから、あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」(マタイ2436-44

 

 小学生を対象とした教会学校のリーダーをはじめてしたころのことでした。ある日、4年生の子どもたちのクラスで教えていると、いつものようにさわがしくなってきたのですが、その時、前から正義感の強い男の子でしたが、その子が立ちあがって 「みんな静かにしろ先生はいっしょうけんめい話しているんだぞ」 と  まぁ 大声をあげて言ってくれたのです。

 

 それは、とてもショッキングな出来事でした。つまり、わたしは人に何か教えることがはじめてということもあって、年間、学期、そして月ごとの、その日の教える内容を考えておき、今日はこのことを何がなんでも話そうと計画し、それを教えることに頭がいっぱいでした。しかし、その一言で、子どもたちはそんなわたしにブツブツいいながらも、つきあってくれていたのに対して、わたしは子どもたちがいま何を考え、何を求めているか、などどいうことを想っていなかったということを、その時はじめて気づかされたのです。

 

 日常生活の中で、ともすれば わたしたちは自分中心の、自分勝手なせまい計画をもっていることがあるような気がします。しかし、それに捕らわれると目の前の人、真の出来事の意味に気づかないことになるのではないでしょうか。

 

 また、それは せっかく目の前に待ち人が来たとしても気がつかない、その人が手をふって招いてくれているのに、又招こうとしているその気持ちに気づかない人になってしまう気がします。目を開き心を開いて、来たるべきものを待つとができるように、聖母マリアのとりつぎを願いましょう。