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聖堂献堂60周年記念ミサとお祝い

 豊島教会  St. Patrick’s Church

      献堂60周年記念 特別号

 

聖堂 外壁塗装

  

聖堂 外壁塗装

 

ステンドガラスの補修

 
 

聖堂 天蓋と塔屋の耐震補強箇所

 

聖堂 天蓋と塔屋の耐震補強箇所

 

          

 

                                  

 17代 主任司祭 アシジの聖フランシスコ 田中隆弘

        献堂60周年の聖堂で賛美と感謝を共に

2003年4月20日コロンバン会の第14代主任司祭レオ・シューマカ神父が退任して、豊島教会は東京教区司祭の第15代西川哲彌神父が就任しました。その後2009年4月21日に西川神父が退任して、第16代浦野雄二神父(東京教区司祭)が就任しています。

そして、2013年4月7日東京教区人事異動で東京教区司祭の田中神父が豊島教会の主任司祭として就任しました。 以前、わたしは秋津・高円寺の教会の主任司祭を経験してきましたが、この二つの教会はパリ外国宣教会の神父さま方によって創立されています。その後、そのミッション会の司教・司祭によって育てられた日本人の司祭が誕生しバトンタッチされた歴史があるのです。

東京の、日本の教会は皆ほとんどが そんな歴史を持っている、と言えるのではないでしょうか? カトリック豊島教会も外国宣教会の聖コロンバン会の神父さん方によって創立された そのような教会の一つです。

今回、聖コロンバン会の第11代主任司祭マーフィー神父さんが、この献堂60周年記念の特別号のなかで「豊島教会は日本一の教会だと思いました。…」と言ってくださっています。  聖コロンバン会の神父さん方にとってはとても大切な、また愛着のある教会の一つなのだと想います。

そんな思い入れのある教会を 東京教区は「無償」でいただき引き継いだのです。パリ外国宣教会そして聖コロンバン会の宣教師の神父さんは 生涯をかけて「無償」の愛の神を自らの「無償」の愛のうちに宣教してくれたのでしょう。 

小聖堂入口に飾られている帰天したコロンバン会の歴代主任司祭の写真はそのことを教えてくれています。わたしたちは生涯をかけてコロンバン会の神父さん方が証してくれた 主キリストの無償の愛のうちに共に留まり、この聖堂で賛美と感謝を聖母マリアのとりつぎのうちに捧げて行きましょう。

                      

 

 

     

聖コロンバン会 チリロ・マーフィー神父様(第11代主任司祭) 寄稿   

 主の平和

 田中神父様、ならびに豊島教会の皆様、豊島教会の初祝福式の60年祭に当たって心からお祝いを申し上げます。  

 

60年前に私は豊島教会の助任司祭だったので、土井司教様がいらして新しい教会を祝福してくださったことをよく覚えています。私は1955年に豊島教会に任命されましたことに関して、二つのことが頭に浮かんできます。 一つは豊島教会の皆様が温かく歓迎してくださったことと、もう一つは、新しい教会の基礎ができ、その壁の高さは私の腰まででした。 その年の12月にニューヨークのスペルマン枢機卿様が東京に来られたついでに豊島教会にお出でくださいまして教会の隅にあった親石を祝福してくださいました。

 御ミサは新しい教会ができるまでは仮の教会でささげられていました。その仮の建物は、今の幼稚園が立っているところと同じ場所で幼稚園としても使われていました。 その年、つまり1955年の春に幼きイエズス修道会のシスター方が、聖パトリック幼稚園の責任者となって、その時からシスター達が小教区の活動に積極的に参加するようになりました。

 私にとって教会の皆様が活発的に福音宣教に力を尽くしていたので、豊島教会は日本一の教会だと思いました。 私はそのちょっと前に日本語学校を卒業したばかりでしたので日本語がよくできませんでした。そのとき皆様が親切に助けてくださったこともありがたく思い出します。  私は1955年から1960年まで、また1984年から1995年まで豊島小教区に住んでいて、皆さまと一緒に天の国の実現と一般の人の永遠の救いのために働いていました。 その時は喜びの時でした。私の記憶が正しいのなら豊島教会に委員会がありました。 私にとってそれは珍しいものでした。 なぜなら、その時代にほかの国に、アイルランドも含めて、教会に委員会なんかはなかったです。 今遠いアイルランドに住んでいますが、私はいつも豊島教会の信者の皆さまの為に、帰天された方々の為にも生きている信者の為にも祈っております。そして私のために祈ってくださる皆さま方に、お礼を申し上げます。ありがとうございます。 改めて おめでとうございます。

 St. Columban's Dalgan Park, Navan

     

     

 

 

 

 

聖堂建築と設計者  アントニン ・レーモンド チエコ出身 (1888~1976) 

              ノ エ ミ  ・レーモンド  フランス出身 (1889~1980)  夫妻                 

1956年 カトリック豊島教会聖堂を建築設計し、聖堂ベンチ・建具・ドアノブ等のデザインはノエミ夫人に依るもの。  アメリカでライトに師事し、日本で 「帝国ホテル」設計に協力、独立し戦前18年間(戦時中アメリカ)戦後は1973年まで東京に26年滞在する。 日本で完成した建築は400余件で半分は住宅であった。教会を計画し完成するための献身的な努力と新構造への挑戦を続けた。44年のあいだ日本で建築活動を行い、レーモンドは日本に 「モダニズム建築」 を定着させた。 

               建築家 三沢 浩氏 2014年6月15日 豊島教会講演会より