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豊島教会新聞 2018年7月号 主任司祭 巻頭言

何か勘違いしていませんか?

                        主任司祭 アシジの聖フランシスコ 田中 隆弘

 

 用件があって、ある大先輩の神父さんに電話をしました。 すると、その話しの中で その神父さんが自転車に乗っていて、転び顔に少しケガをしたということでした。 それから何日もたってから、その用件のことで その神父さんの教会を訪問すると、たしかに顔にそのアザがありました。

 「たいへんでしたネ!」というと、その時のことを話してくれました。 ケガをして数日間そのままにしていると、日曜日に信者さんに捕まり救急病院に連れていかれたそうです。 たしかに日曜日ということで救急病院になったということです。

 でも、その時お医者さんに怒られたそうです。 「何か勘違いしていませんか?」と...。

「ここは救急病院で、数日たってくるところではない!」と...。 たしかにそのとお

り、と想いました。

 

 しかし、わたしたちはある意味で同じような事をしているのかもしれません。 そして、それは「救いの世界」においても同じようなことをしているのかもしれません。 聖パウロは コリントの教会への手紙の中で言っています。 「喜びなさい。完全なものになりなさい。」 この励ましの言葉は「今」のことです。 「いつか」でも「天国で」ということではありません。 「今、喜びなさい...」と言っているのです。

 イエズス・キリストはその福音の中で、「信じない者は既に裁かれている。」(ヨハネ3・18)と言います。 「裁き」は単に将来のことではなく、今、ここで、すでに起こっているのです。 すべての人々を救おうとする神の呼びかけに、その「救い」に背を向けていることが問題なのです。

 

 6月3日の「キリストの聖体」の主日に 6名の子ども達が初聖体を受けました。 その子どもたちは「今」キリストに養われる必要があるのです。 救いは幸せは大人になってからでいい、ということではないということです。 神さまの内に「今」その交わりのうちに日々を生きるように招かれているのです。